2007年
09月
25日
(火)
18:10 |
編集
STEP 1 (2007/09/25)
H-D 250がまだ完成もしていないのに、これに手をかけてしまいました。

プロターから出てましたが、ご存知の通りプロターが
イタレリに吸収され、その後イタレリ社からも発売されました。
多分金型は一緒かと思うのですが、今回はイタレリのもので
制作してみます(デカールが使える)
その前にこのバイクの説明を少々、、、。
世界選手権GPでは1960年代にホンダ、スズキ、ヤマハがファクトリーチームを
撤退させた後、50cc、125cc、250ccは2ストローク優位が明らかになっており、
特定のレースを除けば事実上2ストロークによるレースだったが、
500ccクラスではMVアグスタ3気筒が圧倒的に優位な時代が続いていた。
1972年まで500ccクラスを走っていた2ストロークレーサーは、市販車をベースにした
スズキXR05、カワサキH1R(空冷3気筒)やヤマハ市販レーサーの排気量を
355cc程度に拡大したマシンであったが、
ヤマハが2ストローク4気筒の本格的なレーサーを走らせれば、
MVに対して優位に立てるものと思われたのである。
1972年の250/350cc世界選手権では市販レーサーTD3/TR3に加えて、
これらを水冷化した翌年の市販レーサーTZ250/350のプロトタイプ
YZ635/YZ634も走っていた。
新型4気筒は基本的にYZ635/YZ634を2基、横方向に連結したものとなり、
4気筒の左右2気筒のそれぞれのボアピッチも250/350cc2気筒と同じである。
ただし、250/350cc2気筒の吸気制御はピストンバルブだったが、
ピーキーな性格で扱いづらいため、4気筒ではピストンリードバルブに変更された
そして、1973年2月に世界GP500への出場が発表され、それまでには社内呼称もYZ648A(500cc)/YZ648(700cc)から、OW20(500cc)/OW19(700cc)に変更されていた。
1973年、OW20に乗ることになったのはヤーノ・サーリネン、金谷秀夫だった。
サーリネンは前年、ヤマハで250ccクラスで世界チャンピオンになり、
350ccでもMVアグスタ350cc4気筒(1972年当初は3気筒)に乗る
ジアコモ・アゴスチーニに次いでランキング2位だった。
金谷は1972年にGPに参戦、第1戦ドイツGP250ccクラスで優勝する等、活躍していた。
また、ヤマハは250ccクラスにもニューマシン・OW17を開発し
サーリネン、金谷に与えた。ヤマハ大排気量レーサーが
このYZR OW20から始まった。
1973年、第4戦イタリアGP。
500ccクラスの前に行われた250ccクラスのスタート直後の高速第1コーナーで
多重事故が発生、1972年250ccチャンピオンのサーリネン、同ランキング2位のレンツォ・パソリーニ(ハーレー・ダビッドソン(アエルマッキ))が死亡するという
大惨事になった。そしてレースはそのまま中止になり、
500ccクラスも中止された。そしてヤマハチームは1973年の残りの
500ccGPを欠場することになった。
今回の制作するのは、わずか4戦しかしていない2本サスによる
YZR OW20である。イタレリの箱絵には1974とあるが
2本サスは1973年しかないと思うのだが、、、まっいっか!
少々前ふりが長くなりましたが、今回も静岡の杉山さんに
甘えてしまい貴重な資料をお借りしました。
本当にいつもありがとうございますm(_ _)m
そんなわけで先ずはエンジン部分から
キット自体の出来も良さそうです、合いは相変わらずですが、、、。
ネジを全て置き換えてます



キャブもバルブを入れたり、資料に基づいて作り直してみました。


クラッチやクラッチリンク部分などもディテールを構築して
エンジン部分を完成させました。



ちょっと汚しすぎましたかねぇ~、、、、。
次はホイール、いつもの通りスポーク張りです。
0.5/mmの洋白線と志賀虫ピンで、ホイールはC社製の36穴を使用。
カッター、ペーパー、金ブラシなどで磨き
最後に旋盤にくわえてピカピカそして仕上げはこいつです!

超音波洗浄機、よく眼鏡屋さんで見るあれです。
ピカピカになったホイルをここに入れて洗浄すると
光沢感が何ともいい感じ。



STEP 2 (2007/10/04)
先週末より風邪を引いてしまい、3日間ほど寝込んでました。
年取ると直りが遅いです。
おまけに、菌がどうもお腹に行ったらしく、お腹も痛いですが
今日あたりから復活、、、、。
そんなわけであまり進んでませんし、写真も撮ってませんが
ワイヤリングを完成させました、4発は大変です。
いつもより、ケーブル類のサイズをワンランク落としてみましたが
いかがでしょうかね~。
今日はここまで、(スクナッ!)


STEP 3 (2007/10/11)
そろそろ全体像を見てみたいものです。
そこでフロントフォークを作ります、キットのインナーチューブはどう見ても
細過ぎです、ここは4/mmアルミ棒を使用します、当然、磨き上げます。

トップブリッジ、アンダーブラケットもスクラッチしました。

リアさすもアルミ棒から削りだし、今回は可動させました。
いいかんじです。


次はチェーンアジャストです、切り込みを入れて、削り落とし、
0.5/mmのプラ板でふたをして、めがね用ネジ(1.2 x 15)の頭を落とし
2/mm六角プラ棒をカットしてアジャスターは出来上がり。


このキットにはプラグキャップが付いてませんので、これも2/mmプラ棒から
4個作りました。


ブレーキディスクはキットのものを使用してます。
さぁいよいよ仮組です。




イイ感じですね~(自己満)スポークホイルはやはり模型の存在感が
ぐっと出てきます。やった甲斐が一番出ます。
次に、チャンバーを、、、、。
横から見ると、、、、、。?????。

裏から見ると、、、、、?????????????????

何じゃこりゃ? 流石です、やってくれます。
「子持ち無しシシャモ」状態です。
「子持ちししゃも」にするためパテでモリモリ、形を作っていく事にします。

STEP 4 (2007/10/18)
マフラーを完成させます。
パテを盛って形をだしていきます

ここに溶接痕を入れると少し太いようですので
サイドを削って、、、、。

塗装して仮組んでみました。

大丈夫そうですね、、。
マフラーエンド部分の固定されるパーツがキットのものでは
あまりにオーバースケールですので0.3/mmアルミ板から
つくりなおしました。

さらにマフラー全体を止めているベルト状のものも同じく0.3/mm
アルミ板から切り出し、ピンで留めてます。(未塗装)

ラジエター部分を作って、フランジとマフラーを止めているバネも追加して
エンジン部分はほぼ完成です。


次にフロントブレーキ回りです。ここも全てステン製六角ネジに置き換えて
ブレーキホース回りも作り直してます。

リアにも取りかかってます。
スプロケはコスモファクトリー社製でピッタリのものがありましたので
それに変更してます。ここでも金属ものの六角ネジに
ゆるみ留めのワイヤーを組んでみました。
キットのものはタミヤと同じように一体ものなので
チェーンもまた組ないといけませんが、拘っていきます。

STEP 5 (2007/10/23)
エンディングも見えてきました。そろそろ外装部分の仕上げにも
入らなければ、、、
その前にラジエターのキャップがどっかに逝ってしまったようなので
プラ板から作りました。

リア回りはもいろいろ手を加えました、バーも 0.5/mmアルミ板から
作り直しました。
チェンジペダルも1/mmの洋白線から、ステップ部分は
いつもの通り極細ヒシチューブを熱して完成です。


外装はほぼ手直しの必要がありません。
まぁ資料が乏しいというのもありますが、、、(爆)
タンク止めディテールがあるのでこれを全て削り落として
後で作り直します。

とりあえず多少の事は目をつぶり、、、。
フィニッシャーズのレーシングホワイトで少しくすんだ白で
塗装します。


さぁこっちもいよいよ大詰めです!
あっ!!チェーンを組むのを忘れてます。
地味に明日あたりからでもはじめる事にします。
STEP 6 (2007/10/29)
地味なチェーン作業も終わりいよいよ佳境です。

ありゃ~、何だか管理画面が変更になっていてやりずらいですねぇ~、、、。
写真がでかくなってるし、、、、。
そんな事にもめげず、つらつら記していく事にします。
タンクのディテールアップを施しています。シートも、、、
フューエルキャップはC社製のものを使用してます。エアー抜きは
アルミからの削りだし、、、、。

タンク留めは0.5/mm厚のゴムと0.3/mmアルミ板で、
志賀虫ピンで留めてできあがり、デカールはりが相変わらず下手過ぎです。


カウルのデカールも貼りましょう、、、しかっ~~~し
ゼッケンがスケスケです(泣)しょうがないので、ゼッケンの大きさでマスキング。

そこに隠蔽力の強いシルバーを塗装してから白を吹きます。
マスキングをはがして、、、、。

デカールを貼って、、、、

これもスクリーンを残して出来上がり!!!






しかしいつもスタンドに使用している1.5/mm 真鍮棒が
在庫切れになってしまい、スタンドも後で作り直すことにします、、、。(爆)
STEP 7 (2007/11/30)
やっと、スタンドとスクリーンができて無事完走です。






H-D 250がまだ完成もしていないのに、これに手をかけてしまいました。

プロターから出てましたが、ご存知の通りプロターが
イタレリに吸収され、その後イタレリ社からも発売されました。
多分金型は一緒かと思うのですが、今回はイタレリのもので
制作してみます(デカールが使える)
その前にこのバイクの説明を少々、、、。
世界選手権GPでは1960年代にホンダ、スズキ、ヤマハがファクトリーチームを
撤退させた後、50cc、125cc、250ccは2ストローク優位が明らかになっており、
特定のレースを除けば事実上2ストロークによるレースだったが、
500ccクラスではMVアグスタ3気筒が圧倒的に優位な時代が続いていた。
1972年まで500ccクラスを走っていた2ストロークレーサーは、市販車をベースにした
スズキXR05、カワサキH1R(空冷3気筒)やヤマハ市販レーサーの排気量を
355cc程度に拡大したマシンであったが、
ヤマハが2ストローク4気筒の本格的なレーサーを走らせれば、
MVに対して優位に立てるものと思われたのである。
1972年の250/350cc世界選手権では市販レーサーTD3/TR3に加えて、
これらを水冷化した翌年の市販レーサーTZ250/350のプロトタイプ
YZ635/YZ634も走っていた。
新型4気筒は基本的にYZ635/YZ634を2基、横方向に連結したものとなり、
4気筒の左右2気筒のそれぞれのボアピッチも250/350cc2気筒と同じである。
ただし、250/350cc2気筒の吸気制御はピストンバルブだったが、
ピーキーな性格で扱いづらいため、4気筒ではピストンリードバルブに変更された
そして、1973年2月に世界GP500への出場が発表され、それまでには社内呼称もYZ648A(500cc)/YZ648(700cc)から、OW20(500cc)/OW19(700cc)に変更されていた。
1973年、OW20に乗ることになったのはヤーノ・サーリネン、金谷秀夫だった。
サーリネンは前年、ヤマハで250ccクラスで世界チャンピオンになり、
350ccでもMVアグスタ350cc4気筒(1972年当初は3気筒)に乗る
ジアコモ・アゴスチーニに次いでランキング2位だった。
金谷は1972年にGPに参戦、第1戦ドイツGP250ccクラスで優勝する等、活躍していた。
また、ヤマハは250ccクラスにもニューマシン・OW17を開発し
サーリネン、金谷に与えた。ヤマハ大排気量レーサーが
このYZR OW20から始まった。
1973年、第4戦イタリアGP。
500ccクラスの前に行われた250ccクラスのスタート直後の高速第1コーナーで
多重事故が発生、1972年250ccチャンピオンのサーリネン、同ランキング2位のレンツォ・パソリーニ(ハーレー・ダビッドソン(アエルマッキ))が死亡するという
大惨事になった。そしてレースはそのまま中止になり、
500ccクラスも中止された。そしてヤマハチームは1973年の残りの
500ccGPを欠場することになった。
今回の制作するのは、わずか4戦しかしていない2本サスによる
YZR OW20である。イタレリの箱絵には1974とあるが
2本サスは1973年しかないと思うのだが、、、まっいっか!
少々前ふりが長くなりましたが、今回も静岡の杉山さんに
甘えてしまい貴重な資料をお借りしました。
本当にいつもありがとうございますm(_ _)m
そんなわけで先ずはエンジン部分から
キット自体の出来も良さそうです、合いは相変わらずですが、、、。
ネジを全て置き換えてます



キャブもバルブを入れたり、資料に基づいて作り直してみました。


クラッチやクラッチリンク部分などもディテールを構築して
エンジン部分を完成させました。



ちょっと汚しすぎましたかねぇ~、、、、。
次はホイール、いつもの通りスポーク張りです。
0.5/mmの洋白線と志賀虫ピンで、ホイールはC社製の36穴を使用。
カッター、ペーパー、金ブラシなどで磨き
最後に旋盤にくわえてピカピカそして仕上げはこいつです!

超音波洗浄機、よく眼鏡屋さんで見るあれです。
ピカピカになったホイルをここに入れて洗浄すると
光沢感が何ともいい感じ。



STEP 2 (2007/10/04)
先週末より風邪を引いてしまい、3日間ほど寝込んでました。
年取ると直りが遅いです。
おまけに、菌がどうもお腹に行ったらしく、お腹も痛いですが
今日あたりから復活、、、、。
そんなわけであまり進んでませんし、写真も撮ってませんが
ワイヤリングを完成させました、4発は大変です。
いつもより、ケーブル類のサイズをワンランク落としてみましたが
いかがでしょうかね~。
今日はここまで、(スクナッ!)


STEP 3 (2007/10/11)
そろそろ全体像を見てみたいものです。
そこでフロントフォークを作ります、キットのインナーチューブはどう見ても
細過ぎです、ここは4/mmアルミ棒を使用します、当然、磨き上げます。

トップブリッジ、アンダーブラケットもスクラッチしました。

リアさすもアルミ棒から削りだし、今回は可動させました。
いいかんじです。


次はチェーンアジャストです、切り込みを入れて、削り落とし、
0.5/mmのプラ板でふたをして、めがね用ネジ(1.2 x 15)の頭を落とし
2/mm六角プラ棒をカットしてアジャスターは出来上がり。


このキットにはプラグキャップが付いてませんので、これも2/mmプラ棒から
4個作りました。


ブレーキディスクはキットのものを使用してます。
さぁいよいよ仮組です。




イイ感じですね~(自己満)スポークホイルはやはり模型の存在感が
ぐっと出てきます。やった甲斐が一番出ます。
次に、チャンバーを、、、、。
横から見ると、、、、、。?????。

裏から見ると、、、、、?????????????????

何じゃこりゃ? 流石です、やってくれます。
「子持ち無しシシャモ」状態です。
「子持ちししゃも」にするためパテでモリモリ、形を作っていく事にします。

STEP 4 (2007/10/18)
マフラーを完成させます。
パテを盛って形をだしていきます

ここに溶接痕を入れると少し太いようですので
サイドを削って、、、、。

塗装して仮組んでみました。

大丈夫そうですね、、。
マフラーエンド部分の固定されるパーツがキットのものでは
あまりにオーバースケールですので0.3/mmアルミ板から
つくりなおしました。

さらにマフラー全体を止めているベルト状のものも同じく0.3/mm
アルミ板から切り出し、ピンで留めてます。(未塗装)

ラジエター部分を作って、フランジとマフラーを止めているバネも追加して
エンジン部分はほぼ完成です。


次にフロントブレーキ回りです。ここも全てステン製六角ネジに置き換えて
ブレーキホース回りも作り直してます。

リアにも取りかかってます。
スプロケはコスモファクトリー社製でピッタリのものがありましたので
それに変更してます。ここでも金属ものの六角ネジに
ゆるみ留めのワイヤーを組んでみました。
キットのものはタミヤと同じように一体ものなので
チェーンもまた組ないといけませんが、拘っていきます。

STEP 5 (2007/10/23)
エンディングも見えてきました。そろそろ外装部分の仕上げにも
入らなければ、、、
その前にラジエターのキャップがどっかに逝ってしまったようなので
プラ板から作りました。

リア回りはもいろいろ手を加えました、バーも 0.5/mmアルミ板から
作り直しました。
チェンジペダルも1/mmの洋白線から、ステップ部分は
いつもの通り極細ヒシチューブを熱して完成です。


外装はほぼ手直しの必要がありません。
まぁ資料が乏しいというのもありますが、、、(爆)
タンク止めディテールがあるのでこれを全て削り落として
後で作り直します。

とりあえず多少の事は目をつぶり、、、。
フィニッシャーズのレーシングホワイトで少しくすんだ白で
塗装します。


さぁこっちもいよいよ大詰めです!
あっ!!チェーンを組むのを忘れてます。
地味に明日あたりからでもはじめる事にします。
STEP 6 (2007/10/29)
地味なチェーン作業も終わりいよいよ佳境です。

ありゃ~、何だか管理画面が変更になっていてやりずらいですねぇ~、、、。
写真がでかくなってるし、、、、。
そんな事にもめげず、つらつら記していく事にします。
タンクのディテールアップを施しています。シートも、、、
フューエルキャップはC社製のものを使用してます。エアー抜きは
アルミからの削りだし、、、、。

タンク留めは0.5/mm厚のゴムと0.3/mmアルミ板で、
志賀虫ピンで留めてできあがり、デカールはりが相変わらず下手過ぎです。


カウルのデカールも貼りましょう、、、しかっ~~~し
ゼッケンがスケスケです(泣)しょうがないので、ゼッケンの大きさでマスキング。

そこに隠蔽力の強いシルバーを塗装してから白を吹きます。
マスキングをはがして、、、、。

デカールを貼って、、、、

これもスクリーンを残して出来上がり!!!






しかしいつもスタンドに使用している1.5/mm 真鍮棒が
在庫切れになってしまい、スタンドも後で作り直すことにします、、、。(爆)
STEP 7 (2007/11/30)
やっと、スタンドとスクリーンができて無事完走です。






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2007/09/26(水) 18:02:08 | バイクを...
MVアグスタMVアグスタ (MV Agusta) はイタリアのオートバイ会社。第二次世界大戦後に国際レース活動で高い成績を残したが、親会社の意向で約30年の活動後、解散する。その約20年後の1999年、別会社の資本参加で再活動している。とはいえブランド名が復活しただけで、'70年代
2007/09/29(土) 15:13:25 | バイクfan